「人と思想」は、世界の思想家の生涯とその思想を、当時の社会的背景にふれながら、立体的に解明した思想の入門書です。思想家の生涯を交友関係や、エピソードなどにもふれて、興味深く克明に記述、その主要著書を選択して、概説とその中心となる思想を、わかりやすく紹介してあります。平易な記述と生き生きとした表現を心がけ、新鮮な印象が残るように努めました。一般の方々のハンディな教養書として、また学生・生徒の参考読物として、広く本書をおすすめします。
【Century Books】人と思想 15 カント
学者であるカントは、学者だけが人間としてえらいのだと、うぬぼれていた。そして、無知の民衆を軽べつしていた。ところが、ルソーの書を読むにおよんで、目のくらんだうぬぼれを、根本からへしおられてしまった。カントは、すべての人間を尊敬することを、教えられた。すべての人の人格を尊重しないような人間は、どんな人間よりも劣った、恥ずべき人間であることを悟らされた。
カントは、ルソーの書に、わけても『エミール』に読みふけった。その美しい文章や内容にみせられた。そして、時計ほどに規則正しい日々の散歩をさえ、おろそかにした。こうして、かれは、かれの哲学のカナメ(要)ともいうべき道徳論を、つくりあげていくのである。殺風景(さっぷうけい)な、かれの書斎を飾った唯一のものが、ルソーの肖像であったということである。